若い人に限ったことではありませんが・・・

コミュニケーション能力が低い人には「これ」が決定的に欠けています。

それは「コミュニケーションを発展させようという意欲」です。

そして「意欲が足りない(実際には無い)のでコミュニケーション技術も高まらない」のです。

この二点によって個人差は拡大します。
家庭、学校、社会のあらゆる場面でコミュニケーション能力を高める教育を受けてこなかった人には可哀想ですが、余程根本的に自分を改造しなければ浮かばれることはないでしょう。

昨日、九州共立大学経済学部では学外研修としてバスを利用した日帰りツアーを実施しました。

行き先は3コースあり、私が引率したグループは
・太宰府天満宮
・国立博物館
・アサヒビール工場
の順に3カ所を巡るコースだったのですが、

学生のコミュニケーション能力には個人差が相当大きく、全体としては低いものでしかありませんでした。

救いは、能力は4年生→3年生→2年生の順に高く、九州共立大学で学ぶことによって改善する傾向が観察することができたことです。

たまたまこの前日に東京から知人の大学教員が私の研究室を訪問され、バス研修に参加した学生が同席していたのですが、彼は私の知人から名刺を頂戴し、研究室にていくつもアドバイスをいただいたことに対するお礼をメールでも送っていたとのこと。

知人教員から「丁寧なお礼のメールをいただきました」と連絡があり、安堵を覚えました。

彼は、アドバイスを頂くに先立ち具体的な質問をしていました。そしてアドバイスを頂いた中でまた質問や意見を述べることでコミュニケーションを繋ぐという意欲を見せ、アクションを起こしました。

彼は4年生ですが、昨日の2年生のグループは工場見学の際にガイドさんの説明に耳を傾けてはいるものの、質問をする訳でもなく、興味を示す素振りもないままに時間だけが過ぎて行きました。

説明されていることは聞けば分かりますが、もっと教えて欲しいことや、疑問を感じることはなかったのか?

結局質問していたのは私を含む数人の教員と4年生のみでした。

ガイドさんは色々と私が質問したことで、その回答も交えて説明がより具体的になりましたし、シナリオにない質問への回答をおろそかにせず、PCで調べて誠実に対応してくださいました。

これは即ちアサヒビールというブランドを背負っている責任と職務意識の表れだと言えるでしょう。

学生のコミュニケーション能力の低さは就職難を強調することはあっても、改善することには絶対に繋がらないと断言できます。

社会とは異なる属性の人が円滑なコミュニケーションをはかることでより良く発展するもの。国は国民のコミュニケーション能力を高める教育環境の整備と教育技術の開発・向上のためにもっと真剣に予算を割いて対応すべきだと思うのですが、全く効果のないお金と時間と労力を使っているようにしか思えず・・・

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